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名古屋地方裁判所 昭和62年(ソ)4号 決定 1987年11月16日

抗告人

甲野花子

右代理人弁護士

伊神喜弘

相手方

株式会社セントラルファイナンス

右代表者代表取締役

廣澤金久

右代理人弁護士

池内勇

主文

一  原決定を取消す。

二  本件を愛知中村簡易裁判所に差し戻す。

理由

第一申立ての趣旨及び理由<省略>

第二当裁判所の判断

一  本件記録及び審尋の結果によれば、次の事実が認められる。

1  申立外甲野太郎(以下「太郎」という。)は、昭和五九年一二月五日相手方に対し、自己がクレジットカードの会員になる旨の申込みをすると同時に、妻である抗告人をクレジットカードの家族会員とし、会員及び家族会員は相互に連帯して右クレジットカードの使用により、相手方に対して生ずる債務全額を支払う旨の申込みを抗告人に無断で行つた。

2  太郎は昭和五九年一二月ころから翌六〇年五月ころにかけて右クレジットカードを使用して、相手方に対し立替金、借受金及び手数料債務合計金八五万四一五〇円を負担したが、右各債務のうち、合計金三六万四二七六円の支払をしなかつた。

3  そこで、相手方は右クレジット契約に基づき、自己を債権者、太郎及び抗告人を債務者として昭和六一年一〇月二五日、愛知中村簡易裁判所(以下「中村簡裁」という。)に対し、支払命令の申立てをしたところ、同裁判所は、昭和六一年一〇月三一日、抗告人らは連帯して左記金額を相手方に支払うべき旨の支払命令(以下「本件支払命令」という。)をなした。

(一) 金三六万四二七六円

(二) 内金二〇万九一〇〇円に対する昭和六〇年一一月二八日より完済に至るまで年六パーセントの割合による遅延損害金

(三) 内金一五万五一七六円に対する昭和六一年一〇月四日以降完済に至るまで年29.2パーセントの割合による金員

(四) 督促手続費用金四五五〇円

4  抗告人あての本件支払命令の正本は、昭和六一年一一月四日、抗告人の住居地において抗告人が不在であつたため、同居者である抗告人の夫太郎に交付された。しかし、同人はこれを抗告人に交付することにより抗告人に無断で同女を家族会員とする前記クレジットカード契約を相手方と締結し、太郎の右クレジットカードの使用により生じた債務の支払義務者としたことが発覚することを恐れ、これを抗告人に交付しなかつた。

5  その後、本件支払命令について、仮執行宣言が、中村簡裁により昭和六一年一一月二八日に付され、抗告人あての右正本が同年一二月一日、抗告人の住居地において抗告人が不在であつたため、同居者である太郎に交付されたが、右4のような事情から同人はこれも抗告人に交付しなかつた。

6  抗告人は、太郎が、相手方のクレジットカード会員になつたこと、抗告人自身もその家族会員となつて太郎が右クレジットカードを使用したことにより発生した債務の支払義務者となつていること、並びに右クレジットカードの使用による債務について抗告人あての本件(仮執行宣言附)支払命令が発せられていることを知らないでいたところ、昭和六二年七月二九日、相手方から支払催告に関する通知状を受け取つたため、抗告人代理人に相談し、同代理人の指示に基づいて話し合いによる解決を図るべく右通知状に対する回答書を相手方に送付した。抗告人は、昭和六二年八月一七日、相手方担当者からの電話により、右通知状の支払に関しては既に裁判が確定していることを知らされたため、同月一九日、抗告人代理人が相手方に問い合わせたところ、本件支払命令が確定している旨の回答があり、抗告人はこの時点ではじめて自己あての支払命令が発せられていることを了知した。

7  抗告人は、昭和六二年八月二〇日、本件支払命令について異議の申立てをしたが、中村簡裁は、同月二六日、異議申立期間経過後の異議申立てであることを理由に、不適法としてこれを却下した。

二1(一) 抗告人は、まず本件支払命令及び本件仮執行付支払命令は、適法な送達がされていない旨主張し、前記事実によれば、昭和六一年一一月四日に抗告人あての本件支払命令正本が、同年一二月一日には、抗告人あての本件仮執行宣言附支払命令正本が、いずれも抗告人の住居地で抗告人不在のため、抗告人の同居者である太郎に交付されたこと、及び太郎が抗告人に対し、右書類を交付せず、送達のあつたことも知らせなかつたことが認められる。

(二) しかし、送達名宛人の同居者は、送達書類の受領について、法定代理権を有する(民訴法一七一条一項)と解すべきであるので、同居者が、右書類送達のされた訴訟で送達名宛人の相手方又はそれに準ずる者となり、双方代理禁止の原則から送達書類受領権限そのものを否定される場合は格別、同居者に対し、同条所定の送達がされた以上、同人が送達名宛人に対し送達書類を交付せず右送達の事実も告知しなかつたとしても、右送達は同条により有効にされたものと解すべきである。

そして、本件事案は、同居者たる太郎と送達名宛人たる抗告人間に本件債務につき事実上の利害の対立があるに過ぎず、右両名が、本件送達のされた訴訟において、互いに相手方又はそれに準ずる地位に立つ者ではないので、双方代理禁止の原則から同居者の書類受領権限を否定すべき場合とは認め難く、右太郎に対する送達は民訴法一七一条一項により有効であると解すべきである。

したがつて、抗告人の右主張は採用しえない。

2 抗告人は、次に、本件異議申立ては、訴訟行為の追完(民訴法一五九条)により適法にされた旨主張し、一、認定の事実によれば、抗告人が昭和六二年八月二九日まで本件(仮執行宣言附)支払命令の発令を知らず、その原因は、太郎が、同居者として本件支払命令及び本件仮執行宣言附支払命令の送達の際その正本の交付を受けたにもかかわらず、同人が抗告人に無断で同女を家族会員とする前記クレジットカード契約を相手方と締結し、前記クレジットカードの使用による本件債務について抗告人を支払義務者としたことが抗告人に知られることを恐れ、抗告人と相反する前記の自己の利益を図るため故意に、抗告人に対し、右送達書類の交付も送達の事実の告知もせず、これを隠匿したことによるものと認められる。

そして、民訴法一五九条により訴訟行為の追完が認められる趣旨の中には、補充送達(同法一九七条一項)のように、当事者が現実に送達書類の交付を受けない場合にも送達の効力を認めることにより実体的権利を失う者に生ずる著しく酷な結果を救済する点もあると解しうるうえ、前判示のように、抗告人が通常の注意を払えば、右送達の事実を知りえた事情も認められない本件事案においては、抗告人はその責に帰すべからざる事由により、本件支払命令に対する異議申立期間を遵守しえなかつたものと解すべきである。

したがつて同法一五九条一項により、抗告人が、本件支払命令の発令の事実を知り、右の事由が止んだ昭和六二年八月一九日から一週間に限り、異議申立ての追完をすることができるものと解すべきところ、抗告人が、右期間内の同月二〇日本件異議申立てをしたことは、前判示のとおりであるので、本件異議申立ては適法であると解すべきである。

三  したがつて、抗告人の本件異議申立てを不適法として却下した原決定は失当であり、原決定の取消を求める本件抗告は理由があるから、民訴法四一四条、三八六条、三八八条を適用して原決定を取り消し、原裁判所に本件を差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官岡崎彰夫 裁判官大竹たかし 裁判官志田原信三)

別紙抗告状<省略>

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